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博物館 網走監獄

北海道網走市呼人1-1

撮影日:2007年07月14日

 知床五湖から知床国道334号線の海岸沿いのオホーツク海を右手に、斜里国道244号線を通って 博物館 網走刑務所へ来ました。
昭和59年まで網走刑務所で実際に使われてた獄舎をそっくりとそのまま移築し博物館として公開している。
 博物館の前にある駐車場は広く観光バス、一般車両が無料で止める事ができます。
ここから歩いて階段を上がると博物館へ入る「鏡橋」が見えてきました。
博物館へ入出するには必ず鏡橋を渡らなければ行けませんでした。

鏡 橋

 網走刑務所の外堀に沿って流れる網走川に架かる橋を、収容される時、出所の時に必ず渡らなければなりません。
「川面に我が身を映し、襟を正し、心の垢をぬぐいおとす目的で岸に渡るようにと」誰言うとはなしに鏡橋と呼ばれるようになりました。

 網走刑務所の鏡橋は、大正6年より現在までに4回に亘り掛け替が行われておりますが、この鏡橋は2代目の擬宝珠(ぎぼうしゅ)と3代目の三角形にトラス橋(橋の強度を高めるために付けられた骨組み)の面影を残し、博物館に再現しているそうです。

・建築年代 明治24年
・再現年代 平成6年
・全長 29m
・幅 6m


 館内御案内掲示板に、早回りコース(40分)と普通コース(60分)の2コースを参考にゆっくりと見て回る事にしました。

二見岡農場旧正門

 明治24年に始まった中央道路開削工事などの、外役労働が終わり網走刑務 所自給自足よる農業監獄を目出して本格的な開墾が始められた。
 明治29年には、現刑務所から西方6kmの二見ヶ岡に外役所が設けられ、やがて日本一広大な
(1732ヘクタール)刑務所農場がつくられた。

 この門は、博物館に移築復原されている二見ヶ岡農場正門を再現し、博物館網走監獄の入場ゲートとしたものである。

 入場券を買って、博物館 網走監獄の前にて記念撮影を済ませ、入場すると赤レンガ造りの建物が見えてきます。
 その前で、ボランティアの方が写真を撮ってあげると声を掛けて来たので正門の右手の看守人の人形と一緒に記念に撮影。
赤レンガ造りの正門は、刑務所と言う感じを思わせない建物でしたが説明では違っていた。



正 門(赤レンガ門)

 通称「赤レンガ門」と呼ばれる網走刑務所正門は、重厚で威風堂々としており「最果ての監獄」と呼ばれ恐れられた時代の網走刑務所の威厳を感じさせます。

 正門の左右には部屋が設けられ、一方は、正門担当看守が受付として使い、もう一方は、面会に来た家族が申込みと待合室に使われてました。
 赤レンガを際立たせている表面に艶のある煉瓦は、窯の中に塩を入れ、塩が分解する1,160度以上の高温で焼き上げるため、独特の釉薬(ゆうやく)をかけたような 黒褐色(こくかっしょく)の色をしており、形も普通の煉瓦より20〜30%小さいのが特徴です。
 現在は、このような焼き方はできないため、ここに復元した正門はレンガ建築の歴史を知る上で重要なものです。

・建築年代 大正13年
・再現年代 昭和58年
・全 長 23.22m


庁 舎

 庁舎は明治45年から昭和62年まで使用され「総瓦葺切妻造り」「コの字型」に三棟を組み合わせた建物です。
 水色とグレイで彩色された外観、屋根に設けられた飾り窓など、一見洋式建築に見えますが、正面の千鳥破風の屋根を持つ草寄、鬼瓦をのせた屋根には和風建築の特徴もみられ、「和洋折衷」と呼ばれた明治時代初期の官庁建築に多くみられました。
 庁舎は、刑務所の主軸となる所で、中には、曲獄(現在の刑務所長)室をはじめとして、、会議室、総務課、戒護課、用度課、作業課等があり、保安管理、数化活動(宗教の力や対人接触により、良い方向に感化すること)等の計画執行を検討したところです。

・建築年代 明治45年
・移築年代 昭和63年
・面積 500u


創始者・佐藤久翁之像

懲罰房


 

面会所



面会心得について

 



旧網走刑務所職員官舎(再現構築物)

 この建物は、通称「看守長屋」と呼ばれ網走刑務所の職員官舎を再現したものです。
明治45年に建てられ、網走刑務所の近代化工事の始まった昭和50年まで網走川の両河畔に176戸立ち並んでいました。木造平屋の三軒長屋で、一軒の広さは9坪と狭く、間取りは現在でいう1LDKです。
 拝命されたばかりの看守が与えられていた最も狭い間取りの官舎で家族が生活していましたので、最小限の生活用品と機能的な生活の様子がうかがえます。
 官舎では網走刑務所での勤務を終えて帰ってきた看守の父と夕食の準備をしている母の側で、子供達が夕食を楽しみにしている場面が再現されています。

・建築年代 明治45年
・再現年代 平成16年
・延べ床面積 90u


家族での夕食の場面 大正・昭和のかまど・炊事場

日用品(カンジキ、蓑、柱時計、電話機等)

ニポポ

 北方民族の守り神ニポポは網走市の民芸品として、網走刑務所の受刑者が製作しています。
ニポポとは、木の小さな子、または人形の意味で、どんな願いでもかなえて、幸せになるという意味があります。
 ニポポに向って「今日は沢山の獲物を与えて下さい」とお願いをして出かけます。
そして得てきた物は、料理し、食べる前に、先にずニポポの口に与えて感謝をしました。
網走市の民芸品として考古民族学研究家米村喜男衛氏の考証により、素朴で優雅な手刻のニポポを皆様の幸福の為にと広く世に紹介したのです。


     
     
     
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